完成された人間・完璧な人間。そのようなものは実は存在しない。少し考えたら、実に当たり前なことなのだが、よく忘れていることがある。
完璧を目指して、いまだその状態にないことをわかり、前に踏み出すことを躊躇し、止めてしまう。
単純に諦めてしまうというのとは、少しニュアンスが違う。
『いつか実現してやる!』という前向きな意思が覗えるからだ。
しかし、それは正しいことではないと感じ始めている。
『いつか、・・・』という夢の言葉は、かっこつけた諦め。
かっこをつけることで、自分がただの臆病者であることを自覚しにくくさせてしまう。
むしろ現時点の内容で挑み、できないことを自覚し、涙を呑むことのほうが潔い。
人は未完成のまま、この世を去る。
完璧な自分を作り上げてから、なんていっていると、それでは何も残せないのだ。
人生の過程を微分した、その瞬間瞬間に、その只今只今に、自分の納得できる人生を詰め込み、今を生きて行かなければならない。
そのように感じた、初夏の暑い一日でした。
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