2010年4月6日火曜日

consideration



子供の頃、ピアノの音が嫌いだった。
姉が嫌嫌ながらに弾くピアノに深く心を痛めていた。
レコードで聞くピアノにそんな嫌な思いをすることはなかったのに。

思いは伝わる。

素晴らしい演奏とは音を聞かせるレベルではなく、思いを伝えるものではないかと思う。
一心不乱で物事に打ち込み、行為の中で雑念を忘れ、純粋になるほど、思いは姿を表す。

それが"道"である。

この間から、ピアノの先生方と交流があるため、どうもピアノに絡んだ話になっているが、もちろんピアノに限った話ではない。
武道やその他の~道も同じことだということについて、先日のエントリーでも書いているが、今回のエントリーで言いたいのは、日常生活において、この道を体現することについて。

実は、なにか特別なことをしている時にだけ、この"思いは伝わる"という状況ではなく、すべての時間、すべての行為において、この"思いは伝わる"という状況なのではないかということ。

雑念が多いほど、その雑念へ思いのパワーを漏電させ、何かを成し遂げるという結果から遠のくということ。

幼い頃から、自分の中で自分と話しつつけてきた自分のような人間は、どれほど多くのパワーを浪費してきたことだろう。

一心不乱で尚且つ、正しき方向への導きがあること。
それが尊ばれる"道"なのである。

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